【父子家庭ブログ】とおちゃんねる!

娘2人の父子家庭の日記です。父子家庭ならではの悩みや日常を発信していきます。

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【離婚まとめ9】離婚、父子家庭の始まり

どうも、とおちゃんです。

【離婚まとめ】も最終回です。

  

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妻と協議を重ね、離婚協議書を作成し、準備は整いました。

といってもとおちゃんと子供たちは家に残るので、妻の方が準備は大変だったと思います。

離婚が決まってすぐに妻は就職活動を始め、4月から正社員として採用が決まっていました。

ただ3月までは今の職場にいるので、とりあえずは近所に引っ越すことになりました。

4月以降は新しい職場の近くに引っ越すそうです。

3月までは居られる予定だったので、すぐに出て行くことに妻は不満そうでしたが、そんなことは知ったことじゃありません。

とおちゃんはもう限界なんだから出て行ってほしいんです。

 

離婚届については妻の方から、今名字が変わると仕事上面倒なので、3月以降にしてほしいとお願いされました。

そんなお願いを聞く必要もないのですが、最後の優しさで了承しました。

まあ、もうどうでも良かったっていうのが正直なところです。

妻は出て行き、父子家庭になる。

これからのことを考えました。

しばらくは親が来て手伝ってくれることになっていますが、親もずっと居られるわけではありません。

この時は3月までに家を売って、新潟の実家にお世話になろうと決めていました。

とおちゃんの職場は遠いし、子供達だけで過ごす時間が多くなり心配ですし、下の子は6歳で、まだまだ人の助けが必要です。

家の近くに転職することも考えましたが、40過ぎての転職はハードルが高く、給与も大幅に減ると生活がままなりません。

今の職場の近くに引っ越す手もありますが、都心で家賃が高く、家のローンが残ったままでは家賃を払う余裕がありません。

やはり子供が小さいうちは実家の手を借りて、多くの人の目がある中で子供を育てた方が良いと考えました。

子供たちは母親と離れることになって傷ついています。

傷が言えるまでは側に誰かしら居た方がいいです。

そう考えたら実家に帰るのが一番良い選択だと思いました。

家も失い、職も失うことになります。

今まで築き上げてきたものが、全て失われてしまいます。

ほんと不倫って何の得もないですよ。

全てを失い家族を不幸にするだけです。

今不倫してる人がいたら速攻でやめろって言いますね。

それくらい破壊力がありました。

ましてや子供たちは完全に被害者というか、何の罪もないわけですよ。

その子供達を傷つけたことはやはり許せませんし、とおちゃん自身も子供達に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

妻があと一ヶ月で出て行くと決まったとき、家族4人で話しました。

ママが後一ヶ月で出て行くこと。

離れて暮らすことになること。

とおちゃんと一緒に新潟で暮らすこと。

ママとはいつでも会えること。

一つ一つ丁寧に話していきました。

さすがにゲス不倫のことは言えませんでしたが、どうしても許せないことがあって一緒に暮らせなくなったと伝えました。

両親がどうして離婚したのか、今はよくわからなくてもいず理解すると思います。

そうなったときにどう判断するかは子供に任せようと思います。

妻に会いたくないと思えば会わなくていいし、一緒に暮らしたいと思えば暮らせばいいと思います。

でも今は、自分が責任を持って育てていこうと誓いました。

いつか出て行くときがくるまで、とおちゃんがしっかり育てていこうと思いました。

その日は家族4人で泣きました。

みんな泣いていました。

とても悲しかったです。

どうしてこうなったのか、どうにかならなかったのか。

くやしくて悲しくてしかたがありませんでした。

 

2017年10月

妻が出て行きました。

子供たちがガールスカウトの習い事に行っている間、妻は荷物を運び出しました。

妻の両親も手伝いに来ており、最後の挨拶を交わしました。

「今までお世話になりありがとうございました。こんな結果になってしまい申し訳ありませんでした」

と謝罪しました。

妻の両親も同じように謝罪してくれました。

妻には一言、

「今までありがとう」

とだけ伝えました。

「・・・・・。」

妻は無言でした。

そして荷物を積み込み出発する間際に、

「子供達のことをよろしくお願いします」

とだけ言い残し去っていきました。

 

妻が出て行った家に習い事から帰ってきた子供たちは、いつも以上に元気でした。

まるで寂しさを紛らわすように空元気ではしゃいでいました。

それから数ヶ月、子供たちは妻がいた時と同じように楽しそうに過ごしていました。

もしかしたら、これ以上家庭が暗くならないように、無理して明るくしていたのかもしれません。

 

2018年3月。

3月になったので離婚届を提出しました。

晴れて離婚が成立し、父子家庭となりました。

結局横浜に住んでいた叔母が一緒に住んでくれることになり、新潟の実家に行かなくてもよくなりました。

なので今まで通り仕事を辞めずにすんだし、子供たちも転校せずに済みました。

子供達の環境が変わらなかったのは良かったと思います。

ただでさえ母親がいなくなりダメージを受けてるのに、全く知らない土地に転校して一から始めるのは負担が大きいと思います。

そうならなくて良かったのですが、一人親家庭としての問題は山積みです。

これから子供が成長するにあたって新たな課題がどんどん出てくることでしょう。

それでも一つずつ乗り越えて、幸せになりたい。

子供達を幸せにしてあげることが離婚を選んだ親の責任です。

いつか子供達に、とおちゃんと暮らせて幸せだったと思ってもらえるように、頑張りたいと思いました。

 

長い話になりましたが、ご覧いただきありがとうございました。

             

とおちゃんねるでした。